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ゆさや旅館に無料で泊まってしまった(第74日、つづき3)

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 ■斯くして旅館『ゆさや』に一泊

 旅館の部屋は全部満員であるということで、玄関を入って直ぐ右側、下駄置場に通じる番頭さん専用の部屋に通された。

 「御風呂が沸いているから、、、」と奥さん。つまり女将(おかみ)さんから手拭を持たされる。




 風呂から上がって来ると、部屋の中、夕食が持ち込まれていた。この旅人は本当にここ、旅館の中に居座っている。

 ひとり旅を続けながら食事を何度と取っていたが、この旅館での御馳走は一番豪勢なものであった。そもそも旅館に一人で泊まるなどということなどは考えたこともなかった。貧乏旅行者にとっては余りにも豪勢過ぎて、旅館などに泊まって旅を続けいていたら、長旅もいつしか終了せざるを得なくなってしまうから、豪華な宿は意識的に避けてきた。

 その晩の夕食のメニューを記しておこう。

   −マグロの刺身
   −鶏肉
   −はんぺん蒲鉾の煮もの
   −お造たし
   −羊羹一切れ
   −生姜
   −ミニトーキビ
   −その他名前を知らないもの

 ご飯は一人分としても、おかずは二人分あるのではないか。贅沢な食事をしたことのない旅人の眼には「これでは豪勢過ぎるよ!」と映るほどに豪勢であった。

 「これ全部、食べても良いのですか?」

 思わず、こんな素っ頓狂な質問をしてしまった。今度はちゃんと許可を取ることにした。この旅人の、日頃の貧弱な食生活事情をいみじくも暴露してしまった。

 午前9時半から30分間の食事。この夕食は美味かった。

 

 夕食が済めばあとは寝るだけなのだが、床も入浴前にちゃんと敷かれていた。柔らかい寝具。至れり尽くせりだ。別に何かをするということもなく直ぐに寝床に入ったが、正式なる入浴後の血液循環が全身活発になっていることを感じながら横たわっていた。

 音楽でも聞きながら寝入れるかもしれないと携帯トランジスターラジオのスイッチを久し振りにつけてみた。
 


 旅館の屋根の下、部屋の中、布団の中、この柔らかく温かく包み囲まれ守られた世界、こうして仰向けに横たわっていられる、降って沸いてきたような”特権”に感謝せざるを得なかった。

天井が見える。
まるで別の世界に紛れ込んでしまったかのように思われた。

いつもなら旅の空の下、今晩は予定が急遽変更になったのだ。宿で落ち着くことになってしまった。全く予想していなかった。事の成り行き、この展開に我ながら驚いた。これは本当に、この自分に対して起こっているのだろうか。


ああ、外の道を下駄で歩いて通る軽い音だ、人声に混じって聞えてくる。懐かしさが思い出された。遠い昔、高校生の時だった、一度だけ京都、奈良へと修学旅行に行った、そして宿に泊った。

これは正に温泉郷の雰囲気だ。その時の状況とそっくりだ。今でも若いが、もっと若い時の記憶が久しぶりに蘇ってきた。懐かしい。何十年ぶりになるのだろうか、このゆったりとした温泉気分、何度浸っても良い。



 午後10時40分、一旦布団から腹這いで抜け出し、立ち上がり、部屋の電灯を消した。

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