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田沢湖湖畔での憂鬱(第67日、つづき)

19××年10月11日(水)曇り時々雨


 ■バス停での雨宿りは、

 田沢湖まであと6kmぐらいの地点当りから雨が降り出し、今に止むだろうと思いそのまま走り続けるが、次第に強く降って来るばかりだ。目的地2km手前ぐらいのバス停小屋に暫し雨宿りする。

雨が止んだのを見届けてから出発。ちょっと気になったこと、バス停小屋の中は小粒のガラスの破片が沢山あったのを知らずに、その上をタイヤが踏んでしまった。



やはり恐れていたことが起こった。

起こってしまった!

田沢湖に到着したと同時にパーンという音と共にパンクだ。尤もタイヤが擦り切れていたことも原因であったかも知れない。タイヤの擦れきれた個所には中のチューブがその肌を見せているようでもあった。



 ■田沢湖畔、野宿先での憂鬱

 栃木の人が言うが如く、野宿出来る所が3ヶ所見つかった。旅館の前、野宿できそうな候補その一、そこに自転車ごと乗り入れる。

 実はここにやってきて一時休憩を取ることが出来たが、ここにやってくるまでの道程では心の中が憂鬱であった。荷物が本当にもう一つ増えてしまったと思われて仕方なかった。

 ベンチの上に仰向けに寝転がって、この自転車どうしようかと考えながらも疲れていたのだろうか、寝入ったかのような、目覚めていたかのような、何とも言えない意識の中を漂っていた。風が少し冷たい。湖の方から吹いてくる。冷たいなあ。

 場所を変えてみる。床に誰かが自炊したような痕跡が残っている。ピーンと来た。あの栃木の人だ。今朝、朝食をここで、この場所で作って食べたのだ。と言うことは昨晩ここで野宿をしたのだ。そうすると今晩は彼と同じ場所で寝ることになるのだろう。

 昼前には田沢湖に着いていた。その湖畔の、その場所から離れることもなく、ずっとそこに居座っていた。午後3時頃から、寒さも何となく加わって、薄く暗くもなってきた。全く静かである。

 ちょっと見回しても湖上で遊ぶ人の影は見えず、遊覧船のアナウンスはやたらとはっきりとこちらの方まで聞えてくる。道路も車、人と余り通らず、一人取り残されてしまったような気持ちになる。風のいたずらか、木々の葉がざわめく。湖の色もどんよりとしていて人を寄せ付けない。

 道路を挟んで向う側には旅館があるのだが、手拍子に合わせて聞えてくるではないか。ドンドンパンパン、ドンパンパ。笑い声がそれに遅れて聞えてくる。女の人のそれだ。宴会が目下進行中なのだろう。ドンドンパンパン! 皆さん、お楽しみなのだ。こちらはそんな余裕もない。


 余りにも閑静なので気が滅入ってしまいそうだ。気味が悪いほどに静か。

 気でも狂うのではないかと自分で自分が恐ろしくなる。
誰か!誰かいないのか? 叫び出したくなりそうだ。

 どうしてこんなに静かなのだろう? 休日明けの翌日である今日、曇り空で湖の向う側は山で霧に包まれている。でも昨日は秋晴れで人出も大勢だった。昨日の喧騒と今日の静寂。その対照が余りにもあんまりなのだ。

 どうしようか、この自転車。パンクをなおして自転車旅行を続けようか。それとも自転車と手を切って、片付けて、再び身を軽くして旅を続けようか。

 まあ、一晩寝て、明日になれば何とかなるだろう。明日になればどうするか、決まるだろう。今日はもう考えるのは止めよう。明日への希望。不調な日だってあるもの。今日はどうも不調な日となっているのだろう。天候もこのように良くない。じっと耐えて明るい日の来るのを待とう。しかし、こういう気持ちに陥っている自分に嫌気が募る。徹底的に嫌になる。




 ■旅の女の子二人

 午後5時前、東京品川からやって来たという旅の女の子、二人が近寄ってきて、写真撮ってくれ、と。

 はいはい、分かりました。いいですか、チーズ! 今晩は民宿に泊り、明日はもう東京に帰る予定だそうだ。仕事が明後日から待っているのだそうだ。

 しかし、この自転車、貰ったのは良かったのだが、何だか厄介ものになってしまった。パンクした自転車なんて使えやしないや。どうしよう? いや嫌、もう考えるのはよそう。明日になったら考えよう。今日はもう考えるのは止めよう。

 午後6時頃、既に周りの世界は真っ暗だ。旅館からは光が漏れてくる。それがやけに明るく、目に染みる。

 旅館に宿を取ったわけではない。さてと、寝袋に入って寝るとするか。憂鬱な気分。人はこれをスランプと言うのか。




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