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奥入瀬渓谷に沿って歩く(第54日)

19××年9月28日(木)晴 
        

予想に反して結構な距離を昨日は歩きまくってしまった。疲れた。その所為か、今朝は少々寝坊気味の目覚めだった。午前6時50分、起床。



 ■素晴らしい朝食

直営のYHらしく、朝食は食パンと紅茶の、食べ放題の、飲み放題。いいね、朝食がいつもこうだともう何も言うこともない。だから黙ってせっせと食べる、飲む。

 朝食を楽しみながら、機会を捉えて思う存分、活用する。昼食を抜く積りで食パンにはバターやジャムをこてこてと塗りたくった。


 「ちょっと、ちょっと・・・あんた、何をそんなに、、、、、」

 端で見ていた人がいたとしたらそう言われてしまいそう。 合計20枚ぐらい密かに食べただろうか。

 紅茶は7、8杯ほど飲んだだろうか。とにかく、口に合うので次ぎから次ぎとパンの方から口の中に喜んで飛び込んで来る。詰まりそうになる喉を紅茶で洗い流す。


 質問、その一、

 「その日、最後まで粘りに粘って、朝食のテーブルを一人で確保していたのは誰であったか?」

 「はいはい、それはぼくだす」と答えを用意しておこう。



 質問、その二、

 「その日、最後の最後まで出発を遅らせて、YHを最後に発って行った、その人とは誰か?」の問いに対しても、

 「はいはい、何を隠そう、ぼくがその人!」と二つ目の答えも用意してある。




 「頑張ってください、さよなら」

 ヘルパーの見送りに振り向き、笑顔で手を振りながらYHを後にした。半ズボンの出で立ち、今日もまた昨日同様、多分たくさん歩かなければならないだろう。そんな予感がする。一人坂道を下って行く。

 素晴らしい朝食が取れたので気分も浮き浮き。





 ■奥入瀬渓流に沿って

 奥入瀬渓流を遡(さかのぼ)って十和田湖まで行ってしまうのが本日、 徒歩の旅の第一章であった。

 大部分の人はバスでまずは石ケ戸(イシケド)まで行き、そこからは遊歩道に沿って歩いて行くのだが、ぼくの場合はYHから直接そのまま徒歩で石ケ戸へと向かった。午前9時40分に着いた。

 10分間の休憩を取った後、渓流に沿って歩き始める。

 ここに来る人たちの目的は、まさに渓流沿いの紅葉を見に来るためだろう。でも10月も中葉に入らないと本格的な紅葉は見られないとのこと。ここにまた来ることがあったら、そうしようと思ったが、多分、いや殆ど来ないだろう。

 来たときが来たときで来たとこ勝負のこの旅。うまい具合に季節が合えば、演出効果満点ということで最大限に日本の自然を鑑賞、満喫することが出来るであろうが、9月も後葉に来てしまったので、紅葉の時期が熟していなかった。今度来る時には、10月の紅葉に来よう。そう思った。


 歩き進むうちに反対方向からも、やはりリュックサックを背負った旅人、自動車に乗ったまま渓流沿いのドライブを楽しんでいる人達に出くわす。

 歩いてみるだけの価値はある渓流の美しさかな。

 渓流沿いを歩き続けることに意識を集中していたのだったが、 何時からそんなことが始まったのだろうか、気がついてみると、途中からは追いつき追い越され、追い越されつつ追いつき、そんな追っかけごっごの如きを何度か繰り返し合っているようでもあった。


 歩くことに意識していたのが、その対抗者に意識が移り始め、機会を捉えて話し掛けた。それからは仲良く並んで子の口(ネノクチ)まで結局一緒に歩きながら辿って行った。


 その東京からの人とは道々、色々と旅行の話しをした。お互いに写真も撮り合った。 結局、渓流沿いを4時間近く歩きまくった計算になる筈だが、歩き終わった後でもそんなに長く歩いた気がしない。まだ歩ける。そんな元気が残っていた。



 正午、十和田湖に着く。

 休屋(ヤスミヤ)まではあと12km。その人はバスで休屋へと行き、弘前(ヒロサキ)へと抜けるとのこと。
 

 ぼくは歩きの専門家と自認していたから、休屋まで歩いて行くことにした。来て見れば十和田湖それ自体はただの湖だと思えただけで、遊覧船に乗って湖の探勝という程でもないと思い、遊覧船には予定を変えて乗らなかった。

 宇樽部(ウタルベ)を過ぎてからは登り坂。そして休屋までは下り坂、2時間で12kmを踏破したことになる。足の方も思えば、快調に前へ前へと進み出て行った。


 休屋では「乙女の像」に立ち寄る。前に回り、後に回り、じろじろと芸術品を眺めていた。ぼく一人だけであった。回りには誰もいない。無言の全裸の女性像を一人でゆっくりと眺めていた。全裸の女の人をモデルに作者はこれを作った。それが理解出来るわけ。この人は誰か。いや、作者は誰か。確か、詩人で彫刻家の、高村光太郎であった筈。
 

 ぼくが好きな詩の一つを思い出した。 

 冬だ、冬だ、何処もかも冬だ。
 見渡すかぎり冬だその中を僕はゆく
 たった一人で
 (高村光太郎「冬の詩」)


 でも、今はもう夏ではない。今はもう秋だ。もうすぐ冬もやって来るだろう。ぼくもたった一人でゆく。旅を続ける。

 今日の宿泊予定地の西十和田YHへと先を急ぐことにした。

 午後3時35分、風も冷たくなってきた中、国道103号線に沿って歩き続けていたが、立ち止まって、その場で長ズボンに着替えた後、前にも後にもぼくの他には誰も歩いていない、そんな一人だけの道をずんずんと歩いて行く。これからはヒッチしなしければ到底目的地までは着けやしないと分かったので、来る車ごとに手を挙げるが、全く思惑とは裏腹に素通りばっかり。

 それでは和井内(ワイナイ)までとにかく歩いて行ってしまえ! だが、そこを過ぎてからは滝の沢(タキノサワ)へと向かって行くという車が全然来ない。だから歩かなければならなかった。

 何時の間にか、滝の沢が目的地にすり替わっていた。が、着けるだろうか?歩いて行って着けるだろうか? 登り坂をどんどんと歩いて行った。

 疲れを感じ始めてきたのも事実。途中、和井内に十和田YHがあったが、まだまだ先へと行ける、と自分に言い聞かせて、何の躊躇もなく通過してしまった。





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